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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第3節 待ち伏せする日 [6]




「まぁ、ガキのモメ事なんて五分で飽きるけどね。で、どうするんだ? 俺に頼りたくないって言うんならそれでもかまわないさ。こちらとしては、面倒ゴトになんて巻き込まれたくはないからね」
 言いながら背を向けようとする。
「待ってください」
 引き止めようとする美鶴。それを引き止めるツバサ。
「ちょっと美鶴。やめようよ。この人はやめた方がいい」
「そんな言い方しないでっ」
 反論し、再び霞流を引きとめようと手を伸ばした。だがそれは、中途半端に浮いたまま止まった。
「何だ?」
 霞流と向かい合うのはユンミ。艶かしく腰を捻り、上目遣いで色気を放ちながら、ゆったりと右手の携帯を揺らした。
「うーん、だってぇ、暇だったんだもん」
 鼻にかかるような声でウフフッと笑う。
「なんかオモシロそうな話なのに私だけ蚊帳の外状態で、つまんなぁい」
「くだらない事を言ってないで、そこをどけ」
 右手でユンミを押す。
「身体が冷えた」
「アタシもぉ」
 同意しながら紫に光る唇を霞流の耳に寄せた。瞬間、流した瞳が美鶴の視線とぶつかった。
「だからぁ、早く解決しちゃおうと思ってネェ、私が連絡しちゃったんだぁ」
 すばやく首を動かす霞流。目の前の瞳がキラキラと輝く。
「連絡?」
「うふふふ、誰だと思うぅ?」
 ユラユラと携帯が揺れる。
「ふらわーこーでぃねーたーさん」
 フラワーコーディネーター。
「お前」
「あぁら怖い」
 大袈裟に目を見開く。
「いくら慎ちゃんだからって、イタイケな高校生をイジめるのはどうかなぁって、優しいアタシは思っちゃうのよねぇ」
「勝手な事を」
「都合の良い事にねぇ、彼女ったら、また名古屋に来てるのよ。新しい仕事が入ってね。知ってるでしょ? 夏に名古屋で開催されるイベント。クロス博覧会ってヤツ」
 ゆったりと腰を揺らす。
「世界の布地の博覧会とかってヤツよ。布を使って環境に配慮した生活を提言しようってのが目的みたいなんだけどぉ、ようは、今まで紙とかで作られてて使い捨てにされてたようなアイテムを、布を使って作成して再利用できるように工夫した商品を全世界から集めるみたいなの。アート的な物もけっこう出品されるみたいよ」
「へー、そんなのがあるんですか」
「名古屋の方へ行けば、テレビ局の前なんかにポスターが貼ってあったりするわよ。clothのcとexpositionのeを組み合わせたようなロゴが描かれてるの。通称はクロスポって呼ばれているらしいわ」
「俺には関係ない」
「でねぇ、そのフラワーコーディネーターさんはね、メイン会場のコーディネートの担当の一人になったらしくってね。しばらくはこっちでの仕事が続くんですって。事務所代わりにしているホテルの名前、聞けちゃったのよねぇ」
「ほ、ホントですかっ」
「あなたのお兄さん、彼女の仕事に関係してるんなら、一緒にそのホテルに居るかもねぇ」
 乗り出すツバサ。瞳を細めて見返すユンミ。
「知りたい?」
 途端、ツバサの身が硬直する。男のような女のような、中途半端で、素顔をベッタリと覆い隠した仮面のような妖しい存在。
 その瞳に一瞬怯んだ相手を、ユンミはククッと笑う。
「知りたいなら教えてアゲル」
 そう言って紙切れのようなものをポイッと放り投げる。風に飛ばされそうなのを慌てて掴むのはコウ。
「でも覚えておいて。これ以上アタシの慎ちゃんを横取りしないで」
「横取り?」
「そ、アンタ達が問答している間、アタシはもう本当に退屈で退屈で、寒くって大変だったんだから」
 言いながらコートの前を()(いだ)く。
「だからね、聞きたい事なら教えてあげるから、だからもうこれ以上慎ちゃんにはくっついてこないで」
 そう言って腕を慎二の腕に絡ませ、少し強引に引っ張った。
「さ、行きましょう。早く行かないと終わっちゃう」
 背を向けて扉に手を掛けたユンミに、美鶴が慌てて声をかけた。
「ユンミさん」
「なぁに?」
「ありがとう、ございます」
「勘違いしないで。アタシはただ慎ちゃんを取り返したかっただけ。アンタたちがどうなろうと、アタシには関係の無い事よ」
 言って肩を竦め、慎二を連れて扉の向こうへと消えてしまった。
「余計なことを」
 下り階段の薄暗い明かりの下、慎二はチッと舌を打つ。
「どういうつもりだ?」
「あら、それならさっきちゃんと言ったわ。アタシはただこれ以上、あの寒い中で問答が終わるのを待っていたくはなかっただけよ。それに」
 意味ありげに瞳を緩ませる。
「慎ちゃんだって、本当はこうしたかったんじゃない?」
「何を馬鹿な」
「そう?」
 薄く笑う。
「でも、あのまま彼女をイジメていたら、慎ちゃんの方がイタイ目に合ってたかもしれないし」
「冗談だろう? どうして俺があんなガキに」
「頭突きされても?」
 絶句。
「あれは効くわよ。そうじゃない? 前にされた時なんて、すっごい音がしたもの。アタシ、ドアの向こうで聞いたけど、何が起こったのかとビックリしたわ」
 大袈裟に両手を広げる相手を恨めしそうに横目で睨み、怠惰な表情で顔を背けた。
「くだらない」
 その顔を覗きこみながら、思い出したように声をあげる。
「あ」
「何だ?」
「今日、バレンタイン」
「それが?」
「美鶴ちゃん、くれなかったワね。チョコレート」
 霞流はその言葉に迂闊にも目を丸くし、しばらく黙って闇を見つめた。だがやがてため息をつきながら扉に腕を伸ばす。
「くだらない」
 その呟きは、扉の向こうの怒号に消えた。





 人影に、瑠駆真は足を止めた。だが、すぐにまた歩き始める。片手にはコンビニの袋。夜食のような、朝食のような。
 公園の外灯は逆光になり、顔は見えない。シルエットから女性だとはわかる。
 自分には関係無い。
 そう思って視線も合わせず通り過ぎようとしていた時だった。
「あの」







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